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境界性パーソナリティ障害

十代の若者たち

ご注意ください:日本では臨床心理士は診断を下すことはできません。診断ができるのは精神科医、心療内科医のお医者様だけです。

このページの情報は診断ツールではありません。 ご自身のことを振り返り、次のステップを決めていただくのにお役立ていただければ幸いです。 

 DSM-V :9つの診断基準

アメリカ精神医学会発行の精神疾患の分類と診断の手引き (DSM-V)には境界性人格障害の診断基準として9つのクライテリアを示しています。 

  1. 誰かに見捨てられること(現実的なものも妄想的なものも)を避けようとするなりふりかまわない努力

  2. 理想化とこきおろしとの両極端を揺れ動く、不安定で激しい対人関係のパターン

  3. アイデンティティの混乱:不安定な自己像または自己意識 

  4. 2つ以上の領域で見られる自己を傷つける可能性のある衝動性(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)

  5. 自死念慮を含む自殺に関する一連の行動、そぶり、脅し、または自殺の意思のない自傷行為の繰り返し 

  6. 顕著な気分の浮き沈みによる不安定な感情表現

  7. 慢性的な空虚感 

  8. 不適切で激しい怒り。または怒りのコントロ―ルの困難。

  9. 一過性でストレスに起因する妄想思考、または重い解離症状

DBT が提唱する機能不全

DBTの創始者であるリネハン博士は、境界性人格障害をもっとも疎まれる精神疾患だといいます。この診断を持つ人は何にでも大げさに反応し、周りの人を巧みに操ると思われがちです。リネハン博士は彼らは意図して周囲を操っているのではなく、それしかできなくてもがいているのだといいます。スキルがないのです。そこでリネハン博士は彼らの行動パターンを5つの分野での機能不全と位置付けました。 

  • 感情機能不全:  刺激に過敏で、その刺激に対するリアクションが激しく、一度感情の波に飲み込まれるとなかなか落ち着くことができない。(1) (6) (8)

  • 行動機能不全:  危険で、後で後悔する行動に走る衝動性 (自傷行為を含む) がある一方で (1) (4)(8), 精神的苦痛をもたらすと分かっていることを場面を徹底的に避けようとする。 (9) 

  • 認知機能不全:  白黒の考え方に代表される両極端で頑なな思考パターン、病的な疑い深さ、または思考をしないための一時的な解離 や(9)自死念慮 (5).  

  • 人間関係の機能不全: 近い関係の人とほど激しく衝突する一方、見放されることを極端に恐れる。(2) 

  • 自己像構築の機能不全:  自己像が脆い一方、自分を確立するために無謀で現実的でない目標を自ら課す。 (3) (7). 

 

両極化の障害

上記の説明にも垣間見られますが、境界性人格障害の人々の行動は一見とても矛盾しています。行動に連続性があるとしたら、その連続性の両端が交互に現れるからです。彼ら自身が矛盾やあいまいさを受け入れられず、中を取ることができないため、極端な行動になるのです。リネハン博士は上記の機能不全を総合して、弁証法的機能不全と呼んでいます。(弁証法的とは矛盾を中道を行くということ。) 

  • 激しい感情をむき出すか、押し殺すか:  境界性人格障害の人々にとっては環境に存在するすべてのものが引き金になりえます。周りの人からの期待や評価にはことさら敏感です。周りの人は彼らの反応を大げさで、妄想的で、面倒くさいものと感じます。理解してもらえないので、自分だけが別の現実を生きているような感覚を引き起こし、自分の感覚や感情を恥じるようになります。周りの人に受けいれられようと試みますが、結局人と同じような反応ができない自分を責めます。一方で感情とうまくつきあえないことを自覚すると、今度は極端に理性に走ります。あるべき姿を求めて自分に過大な目標を課し、完璧を目指します。これが交互に現れます。つまり、彼らは感情の塊のように行動するときと、まったく感情がない理性の塊のように行動するときがいったりきたりするのです。

  • 有能なのに自分は無力だと言い続ける: 感情に飲み込まれているとき、境界性人格障害を持つ人々は自分には助けてほしいというSOSを近い人に出し続けます。相手に問題を解決してくれるまで必死に訴えるため、相手が操られていると感じ人間関係を維持するのが難しくなります。一方、あまり感情が掻き立てられない分野では真逆の行動をとります。例えば職場では優秀であったり、友人の問題には積極的にアドバイスをしたりします。セラピーの場面でも、理論の飲み込みが速く、セラピストに安心材料を与えたかと思うと、実際の生活でその知識を行動に移すことは不可能だと投げ出したりします。彼らの能力の印象は、場面場面、あるいは見る人によってまったく変わってきます。  

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  • クライシスを乗り切っても癒えない深い傷:刺激に過敏であるために、境界性人格障害の人々は自分には非常事態が次々と起こるように感じます。「ほうっておけばよいのに」というな些細なことに反応し、解決しようとして衝動的な行動をとってしまい、事態を更に悪化させるという悪循環を繰り返します。一方、過去のトラウマ的出来事や心の葛藤と似たような感情を引き起こす可能性のあることは徹底的に避けるか、つぶそうとします(これもクライシスの一つです。)悲しみを経験することをなによりも恐れているのです。過去にきちんと対応していないことが脆い自己像の一因でもあります。

でも、誰でもそうなんじゃない?

 

性格特性とは自分やそれを取り巻く現実の認識し、どう対応するか考えて、関係性を作っていく行動のパターンです。そうとらえると、人生の中では、境界性人格障害がなくとも、誰にでも上記のような行動をとることはありえます。精神障害や不安、鬱、PTSD、急性ストレス症、物質乱用、その他の病気(たとえば脳機能障害など)でも突然の行動変化は起こりますし、発達障害の特性としての行動パターンであるかもしれません。環境の変化は特に行動に影響を及ぼします。繰り返しますが、このような行動パターンをたった今経験しているからと言って境界性人格障害だと早合点はしないでください。もし、考えすぎてそれ自体が支障になっているようなときは、どうぞ精神科医・心療内科医から正しく診断を受けてください。  

References

American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.).  https://doi.org/10.1176/appi.books.9780890425596

Linehan, M. (1993). Diagnosis and treatment of mental disorders. Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. Guilford Press.

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プライベートな経験を打ち消す環境

女の子

​弁証法的行動療法 (DBT)は境界性人格障害は個人の生物学的要因と社会要因の間で起こる「かけひき」によって引き起こされると考えています。生物学的要因は「境界性人格障害」のページにある刺激に対する過敏さなどで説明されます。このページでは社会要因に触れます。

感情の発達における社会環境の役割 

赤ちゃんは原始的な感情を持って生まれてきますが、その名前は知りませんし、泣く笑う以外の方法でそれを表現する方法も知りません。周りの人が「うれしいんだね」などと声をかけることで感情に名前がつき、大人の表現方法をまねることで、感情表現も豊富になっていきます。感情の学びは生涯続きます。私たちみんな、子どもから思春期、青年期、中年、老年と年を重ねて環境や社会背景が変わる中で感情も複雑になり表現も変わることを体験として知っているのではないでしょうか。 個人と周りの人は常に影響しあっているのです。

 

個人と環境がうまく影響しあっていると、個人は社会の期待や要求にうまく対応することができます。逆にうまく影響しあっていない状態というのはどういう状態でしょうか。DSM-Vは、人格障害の診断の要素として個人の行動パターンの社会規範や常識からの顕著な逸脱をあげています。つまり、その個人の行動が社会に受け入れられず、病的だと判断されてしまう状態が、うまく影響しあっていない状態です。

社会環境がプライベートな感情を打ち消す? 

境界性人格障害の人々が周りの人を操ろうと意図しているわけではないように、周りの人も彼らの感情を積極的に打ち消そうとしているわけではありません。親、パートナー、同僚、友人、クラスメート、そしてメンタルヘルスに関わる私たちでさえも、善意をもって接しているにも関わらず結果として彼らの感情を打ち消してしまうことがあるのです。彼らが心の底から感じたことを理解できず、気軽に、あるいは否定的に応えてしまうとき、それが起こりがちです。

ある男の子が学校で大切な発表のあと、「だめだった…」と言っていると想像してください。一般的な周りの人の反応は、「え、そんなにだめじゃなかったよ」とか、「きっと大丈夫だよ」「そんなに自分に厳しくしなくても大丈夫」「そんなこともあるよね」のようなものだと思います。ところがこの男の子が過敏だとすると、自分の気持ちはおかしいのかと疑います。そうでなければ自分がうまくいかなくて心からがっかりしていることをバカにされたように感じるかもしれません。するとこういう言葉に「ありがとう」と答えることができず、腕を組んでしかめっ面で「それ、どういう意味?」と返すことになります。今度は相手が「なんで切れるの?」と反発。次に男の子がこの「切れる」という言葉にどう反応するかは想像に難くないと思います。男の子とまわりの人の間で途中からお互い言い合いに勝つための駆け引きが起こったことが分かるでしょうか。男の子は本当に失敗したと感じたのですから、「だめだった」は彼にとっては正しいのです。それなのに周りの人はそれは正しくないと言っていると感じ、さらには自分は大げさだと嘲笑しているように感じてしまいます。周りの人にそんな意図はあったでしょうか?多分ありません。落ち込んでいるのを励ましたかっただけでしょう。どちらにももともと悪意はないのに、駆け引きの結果として感情が高ぶっていく様子が想像できるでしょうか。

これに似たようなやり取りが重なると、人は自分の知覚を信じられなくなり、自分が一体何を経験しているのかさえ分からなくなってしまいます。するとまず刺激に反応せず、感情を押し殺して相手の出方を見ようと努めますが、最終的にはがまんできずに、相手に自分の気持ちを分かってもらうために感情爆発を起こすようになります。

家庭環境の果たす役割

人格障害と診断されるにはその行動パターンが青年期の前に顕著でなければなりません。その意味で境界性人格障害を引き起こす原因として当事者の子どものころの家庭環境に注目が集まるのは自然の流れだったと思います。リネハン博士が境界性人格障害の理解に大きな影響を与えた1993年の著書では、境界性人格障害の人の子どものころの家庭環境には大きく分けて次の3つの要素があると提言しています。

a) 子どもが心の支えが必要なとき親が物理的精神的に不在なことが多かった。

b) 家でネガティブな気持ちを表現しようとすると止められることが多かった。いつもポジティブでいることが求められた。

c) 大人になるというのは感情を抑え合理的になることだ、感情は理性でコントロールするものだと教えられた。

繰り返しますが、多くの場合家族はそれがよかれと思ってやっていますし、同じ環境で育っても境界性人格障害にならない人も多いのです。ただ、生まれつき人より少し敏感な子供が、少しだけ強く感情を打ち消すような環境で育つと、その駆け引きによって、感情の機能不全を起こすというのがバイオ・ソーシャル・モデルです。

なにかできることはありますか? 

DBTでは苦しむ個人が感情とうまく向き合うためのスキルを習得すると同時に、周りの人にも境界性人格障害をよく理解していただいて、この駆け引きを変えていってほしいと思っています。DBTの思春期向けのプログラムが家族を巻き込んでいるのはそのためです。

特にお互いの言葉を確認しあい、全部でなくても納得できるところを認め合う作業を英語ではバリデーションといいます。確認し、納得できるところを認めるというのは同意ではありませんし、譲歩することでもありません。問題解決でもありません。これをする唯一の目的は話している本人が話を辞めないこと。そのために波を止めるのではなく一緒に波に乗ってください。人は落ち着いて話して、聴いてもらっているうちに自分の感情と折り合いがついていくことが多いからです。

この作業には6段階あります。まずレベル1から順に練習をしてみてくださいね。簡単なようで難しいです。【 】の中に先程の「だめだった」にそれぞれのレベルで応えるとどうなるか例を書いてみます。

レベル1:  あくびなどせず、「ながら」もやめ、相手の話をじっくり優しい気もちで聴いてください。【一旦作業をやめ、男の子を見てください。そしてうなづくだけでよいです。】 

レベル 2:  聴きとったことを要約したり言い換えたりして、繰り返してください。これはやりすぎずにほどほどに。 【うまくいかなかったんだ。】 

レベル 3:  観察できる表情や声のトーン、ボディランゲージを言葉で表しましょう。どんな気持ちを伝えようとしているのでしょう。想像してみてください。間違っていたら、しつこく聞かないでくださいね。【声が相当がっかりしているね。】  

レベル4:  もし背景やこれまでの経験などを知っているなら、それを引用してみてください。【本当に頑張って準備したもんね。うまくいかなかったならがっかりして当然だよね。】【前にも発表で苦労したもんね。2回目は更にきついね。】

 

レベル5:   一般的に考えて、この状況でこの感情はもっともだと伝えてあげてください。【大事なタスクだったから、ベストな状態で発表したかったよね。みんなそうだと思うよ。】

レベル 6:   レベル1から5を駆使して相手の気持ちが十分に分かったところで正直な感想、意見、提案を伝えたり、解決策を生み出すような質問をしてください。    

私たちは普段レベル1から5をあまりやらずにいきなりレベル6に行ってしまうと思いませんか?でも、1から5がレベル6がうまくいくための前提条件なのです。1から5はその順番通りにやるのではなく、生きた会話の中で状況に応じて利用してください。相手の気持ちを確認して認めるというこの作業を取り入れるとお互いの関係がよくなる可能性も高いので、試していただく価値はあると思います。

 

Reference 

Linehan, M. (1993). Diagnosis and treatment of mental disorders. Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. Guilford Press.

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多様化する日本とDBT

女性

多様化する日本

今、日本の社会構成は大きく変わっています。長い間、私たちは「日本人」「家族」「結婚」「男性・女性」「母親・父親」「社会人」「学生」というような言葉で一定の概念がある程度成り立つのが前提で、みんなほぼ同じであることが国としての日本の強みであり、ユニークさであり、アイデンティティの骨幹でもあると教えられてきました。それが、生活様式の多様化、あらゆる場面での個人の選択肢の拡大、社会的性差や経済格差に関する認識の高まり、日本以外の文化に慣れ親しんだ日本人の増加、年々増える外国人居住者などを通して、様々な価値観が共存しているという事実を日常生活で無視できなくなってきました。

 

臨床の場で感じたこと

私がお目にかかる方の9割は自分は既成概念には属さないと感じる方たちです。外国人労働者、留学生、国際結婚の家庭に生まれたいわゆるハーフ、外国人と結婚した日本人、日本人と結婚した外国人、外国生活が長い日本人、LGBTQ、シングル・ペアレント、複合家族の一員、仕事環境になじめない人、ハラスメントや虐待の被害者など。私のクライアント様たちが心理相談に来られるときにはほとんどの方が最初は抑うつや不安を訴えておられるのであって、私の専門である境界性人格障害を疑ってくる方の方が逆に少数です。それでも、ほぼ全員が今まで経験したことのないような怒り、職場や恋愛関係での人間関係の想像を絶するもつれ、慢性的な空虚感、自己像の混乱などを訴えます。これらはすべて境界性人格障害と共通するものであったため、境界性人格障害が発症する背景と、社会的少数派に属するということに何か共通点があるのかという疑問が生まれました。

社会的少数派の心理、文化背景、そして異文化適応のための行動

一見共通点のない日本の社会的少数派に属する人々の心理的葛藤と、境界性人格障害の症状をつなぐものを模索するうち、2つの興味深い理論に巡り合いました。   

ストレスー適応ー成長 モデル

一つ目は異文化適応モデルです。多文化間コミュニケーションの教授であるヤング・ユン・キム博士(2017)は、移住してくる個人と彼らを受け入れる社会のもともとの性格が個人の異文化適応に影響していると提唱しています。リネハン博士(1993)のバイオ・ソーシャル・モデルに近い形で、移住直後から個人と社会の間で取引が起こるというのです。個人が外交的で、神的弾力性があり、前向き思考であると異文化適応が比較的スムースである一方、受け入れる社会に社会規範や慣習への協調を求める傾向が強い場合、そこに来る個人の適応は難しくなるいいます。協調圧力は最初はとても微妙な形で表面化します。例えば、「受け入れる側の困惑」かもしれません。それが時間の経過とともに協調しない移民者に対するストレスがたまると、個人の行動の否定やステレオタイプとしてもっとはっきり表出します。キム博士は民族同一性が高く、地理的に孤立している日本のような社会では非協調を受け入れる地盤が薄いと提唱しています。

更にキム博士は異文化適応は従来言われてきたような大きな一つの波ではなく、小さく逆戻りしては少し前に出る、をループのように繰り返すと提唱しています。ストレスを感じるような出来事があると移住者は一旦落ち込み、適応プロセスを逆戻りしているように見えることがあります。落ち込み、環境を否定し、自分は大丈夫かと内省するこの時期は確かに苦しいのですが、適応は一直線ではありえず、この逆戻りから抜け出すプロセスこそが、適応できるかどうかの境目です。もがきながら落ち込みから飛び出す力を蓄えるこの時期は感情がぶれますし、周りとの衝突が発生しやすくなりますが、その感情のぶれや、人との衝突を乗り越えられるかどうかが適応の鍵です。私は、このプロセスは、国際的な移住だけではなく、少数派として新しいアイデンティティや自分の社会での立ち位置を模索する過程で広く起こるのではないかと思っています。

無意識に起こる「経験の打ち消し」

 

2007年にスー博士と同僚たちは、それとは気づかないほどの人種攻撃がアメリカ社会には存在すると提唱しました。やっている側もやられている側も気づかず、悪意もない些細な人種的特徴に関する言葉や、特定の人種とのかかわり方、軽口として処理されてしまいががちな屈辱などがその例です。例えばアメリカで生まれ育ったアジア人は「英語が上手だね」と言われ続ける。つまり、市民として見られない。スー博士はこれを現代における、象徴的な人種差別で、意識に上らないままあちこちで行われているとしました。この現代的な人種攻撃のひとつとして、スー博士らも「打ち消し」という言葉を使っています。 少数派に属する人たちの考え、気持ち、経験や主観を否定したり、変わっているね、勘違いだよと一笑したりすること。やっている本人が気づかないほどの打ち消し。

リネハン博士(1993)と同じように、スー博士も、「打ち消し」は少数派に属する人たちに、彼らの反応や感覚は大げさで、勘違いだというメッセージを送ります。彼らは被害者を装って些細なことを大問題に仕立て、環境を乱そうとする加害者で、別にここにいてもらわなくてもよいという印象を個人に植え付けるのです。こういう経験をするたびに少数派の個人は、自分が今感じたことは実際起こったのか、自分の感覚は正しいのか、それとも自分が変なのか、自分はここにいるべきなのか、という疑問にさいなまれることになります。

日本社会に増えつつある少数派の人々を支えるために

これらを考え合わせ、私は少数派の人たちが適応ストレス反応を起こす過程と、一般的に境界性人格傾向(障害までいかなくても)を発症する過程には多くの類似点があると仮定しました。具体的には、私は次の5点を仮定して、ストレス反応を起こしている少数派の人々にDBTを積極的に採用しています。 

  1. 日本社会に増えつつある少数派の人々は、キム博士(2017)が提唱するストレス―適応ー成長モデルと似た適応のプロセス途中にある。その「逆戻り」フェーズにおいて、感情の機能不全、人間関係の機能不全を経験しうる。 

  2. 現在の日本社会にもスー博士(2007)が提唱する「現代的で象徴的な」少数派差別が存在し、多数派は少数派の人々の個人的な経験などを気づかないうちに打ち消すようなコミュニケーションを無意識のうちに日常的に行っている。

  3. 日本社会の協調圧力(Kim、2017)と少数派の人々の経験の打ち消し(Sue et al., 2007) はリネハン博士の提唱した「感情を打ち消す社会環境」に似た環境を生み出している。これが少数派の人々を更に過敏にし、その反応を過激にし、なかなか気持ちを落ち着かせることができなくする一因となっている。

  4. これが高じて日本社会で少数派に属すると認識する人々は、軽い境界性傾向を表出する。特に、ひっきりなしに起こる周りの人との衝突、感情の激しいぶれ、痛みを避けるための解離的思考、さらに自分で自分の経験を打ち消していく作業などに特徴づけられる。

  5. DBTは、新しいアイデンティティを構築する過程にある個人と、それを受け入れるホスト社会の間の駆け引きを理解し、ストレス―適応ー成長のサイクルを乗り切るための具体的なスキルを提供することができる。そのため、このグループに対して有効であると思われる。

日本社会が多様性を心から受け入れるために

日本社会の多様化はもはや止まらないでしょう。今後も外国人学生や労働者は増えるでしょうし、日本人の中でも価値観の違いや生活の選択の幅など、個人の違いがさらに顕著になってくると思います。日本社会の一員として多数派に属する私たちは、自分たちが「多数派」であるという自覚を持ち、社会と人口構成の多様化を、多数派少数派の力関係という観点から真摯に見つめる必要があります。既存の仕組みや慣習は多数派にとって有利で便利であっても、少数派には恩恵がない、分かりづらい…というようなことが多々あります。多様化の推進は政治的に正しいことだと分かっていても、これまでの既得特権や慣習を拡大解釈する、変える、少し諦めるといった現実的な調整に直面して、心理的に納得がいくかどうかは分かりません。その葛藤が移住者を受け入れない協調圧力や打ち消しのコミュニケーションにつながっていくのです。これを理解しない限り本当の多様化はなく、表面上同じ地で暮らすものの、お互いを理解できず、排他的な行動を取り合う不幸な状況に陥ってしまいます。日本社会が、日本市民が、本当の意味で多様化を受け入れられ、その恩恵を享受するものであるために、DBTを用いて少しでもお役に立てばと思っています。

References 

Kim, Y. (2017). Cross Cultural Adaptation. J. Nussbaum (Ed.), Oxford Research Encyclopedia of Communication. New York, NY: Oxford University Press. DOI: 10.1093/acrefore/9780190228613.013.21

Linehan, M. (1993). Diagnosis and treatment of mental disorders. Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. Guilford Press.

Sue, D.W.et al. (2007). Racial Microaggressions in Everyday Life Implications for Clinical Practice. American Psychologist 62(4); 271-286. DOI: 10.1037/0003-066X.62.4.271

Takaki, M (2020, March). Dialectical Behavior Therapy – Its relevance for Japan in social transition.  Think Tokyo 2020. Symposium conducted at the meeting of The Asian Conference on Ethics, Religion & Philosophy (ACERP), Tokyo. 

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